5月13日 新華ネット東京(記者・藍建中)
原文 http://japan.xinhuanet.com/jpnews/2012-05/13/c_131584695.htm

新華ネットの東京の5月13日のニュース(記者の藍建中)によりますと
毎月の第2土曜日の午後、高級茶芸師池内巴里は東京恵比寿駅のほど近くにある “ちょもらんま”という中華料理店にて中国茶芸教室を開催しています。学生達は熱烈な雰囲気の中で優美な中国茶芸表演を観賞し、純粋で美しい中国茶を味い、そして中国の学識を広く深くそしてお茶の文化について学びます。

現在、41歳になる池内巴里はすでに60数回以上も中国を訪れ、これまで中国の各地銘茶の産地をあまねく歩きました。彼女は中国労働社会保障部職業技能の国家資格が認定する高級茶芸師であり、中国茶葉流通協会の外国籍の会員です。2000年から2002年まで、池内巴里はずっと中国茶葉流通協会茶道専門委員会の主催する茶芸師の養成訓練班の課程に参加して、中国のお茶業界きっての元老、亡き茶道専門委員会主任・張大為先生の最後の弟子です。池内巴里は2003年10月に試験を経て茶芸師の資格を獲得して、1歩進んで2004年10月に高級茶芸師の資格を獲得しました。

茶芸教室内では箏による中国民族楽曲が流れ、人を思古の奥ゆかしい感情にさせます。池内巴里は授業時にはチャイナドレスを着て中国式の正装をしています。茶芸教室内では精巧で美しい茶器を置くための茶盆、紫砂の茶壺、木質の茶道具、品茗杯、聞香杯、などすべての茶器は池内巴里が中国を訪問する時に心をこめて買ったの道具のすべてです。池内巴里はまたわざわざ生徒達のために良い中国茶葉と中国菓子のアーモンドクッキーを用意しました。

毎回茶芸教室の授業には10人前後の生徒が参加して、彼らは東京市内から来る方もあれば、東京郊外からも参加します。御年72歳の和田紀代子さんは、茶芸教室開始以降7年余りもの間晴雨にかかわらず参加する筋金入りの中国茶芸マニアです。彼女は中国茶文化の愛好者なだけではなく、中国語の熱狂的なファンでもあります。なかには中国留学経験があるの何人生徒たちは、本物の中国語で記者と話します。

茶芸教室は毎回すべて中国の異なる地方の銘茶を使います。たとえ同一の産地の茶だとしても、異なる品種をも使います。今回の出演の“ウーロン茶”は福建南靖県産の最高級品・蜜観音茶です。池内巴里はこの蜜観音茶は甘い蜂蜜の香りと、飲んだ後にさわやかで比類がないと感じる、深く厚い濃い青い茶、水色は黄金色と説明します。

池内巴里は一方で表演して、一方で詳しく烏龍茶茶芸表演の特徴を解説しました。ウーロン茶の茶芸は“倹、美、和、静”の精神によって、烏龍茶葉を“竜”に、急須を“竜宮城”に見立て、36首の漢詩によって優雅な動作を形成しました。彼女はまた重点的に“蘭花指”の要領を解説して、そして白居易の《食後》いう茶詩ついて飲茶の境地を紹介しました。

解説が終了後に、何人の生徒は自ら舞台に上がって出演します。側では池内巴里が指導するものの、しか生徒たちは多少のてんてこ舞いをしているようにも見えます。見たところ茶芸表演は本当に1日にしてならずです。

茶芸の課程が終わった後に、学生達はまた美しい中国料理を味います、食べながら、おしゃべりを、和気あいあいと楽しんでいます。

池内巴里は茶道教室の講座を開催するだけではなく、知的障害児童教育に従事する非営利団体の“あいアイ美術館”の事業部長でもあります。彼女の母の粟田千恵子は約50年知的障害の児童の教育に従事し1997年、彼女は“非営利活動法人あいアイ”という民間非営利組織を創立して、2007年5月に“あいアイ美術館”を創立しました。粟田千恵子さんはすでに中国を140数回を訪問し、そして何度も北京と上海の知的障害児童学校と友好的な交流活動を催しています。すでに御年70歳の、粟田さんは毎回すべて茶芸教室にも着いてこの時ばかりは助手になります。茶芸教室のわずかな収入もすべて“あいアイ美術館”運営費に投じます。

現在、池内巴里は毎月2回茶芸教室を開催し、毎月第2土曜日は恵比寿駅の近くの“ちょもらんま”の中華料理店にて、第4土曜日東京近郊の川越市にある “あいアイ美術館”にて、毎回約2時間授業します。この授業に都合つかず参加できないときは個人レッスンの予約も可能です。生徒は育成訓練終了後には、中国へ行って資格試験を受けることができて、現在すでに1名の学生は茶芸師の資格を獲得しました。この小さな茶芸教室は池内巴里のような熱心な人のもと1つの中国の文化の窓口として広く、きっと多くの日本の友達は中国の文化の魅力を知ることになるでしょう。